第5回 野田 脩次さん

◇ ヴァイオリンと半世紀・製作の動機
野田さんは、現役時代、元・日本専売公社(日本たばこ産業株式会社 [JT] )の職員。サラリーマン時代には、転勤で全国各地に行きましたが、30代に東京に行ったときのことでした。当時、東京在住のお姉様の知り合いという偶然から、世田谷区等々力に工房があったある製作者の先生と知り合う事になったのがきっかけで、この道にどっぷりとつかることになってしまったのです。以来、全国各地に転勤するたびに、その地域の製作者の門を叩き独学で作り始めました。いろいろな方たちとも知り合い、例えば、徳島に行ったときには香川県の現会員、対馬貞夫さんともお逢いしていたとのです。
その当時、日本弦楽器製作者協会にはそうした方々と楽に入会できたそうで、弦楽器なら何でもよく、三味線から胡弓や二胡、あるいは沖縄の三線からギター、リュートなどの製作者まで、幅広く、会員がいたのだそうです。その頃、同協会には『昭和の親方』として有名な無量塔蔵六さんや、陳 昌鉉さんたちとも活動し、そして定年以降は故郷の伊豆の国市のご自宅工房でひたすら製作に励まれました。

◇ ご自宅
  伊豆の国市は、文字通り歴史と民話の町。近くには源頼朝が流された「蛭ヶ小島」の遺蹟や江川太郎左衛門のつくった有名な「反射炉」などがあります。流刑の場所というと、いかにも離れ小島のようですが、実は平野部の田んぼの中。野田さんのご自宅からはちょうどいい散歩コースにあります。一方、反射炉は、江戸湾にペルーが来日した際、急遽、お台場に大砲を据えようということになり、以前から蘭書で反射炉を研究していた江川太郎左衛門が任命され、この地に彼は自費で赤レンガの鉄鋼炉を構築したのです。この地の代官だった江川邸も現在では重要文化財です。

◇ 主な製作モデル
  さて、氏のつくるモデルの基本は、ストラド、グァルネリ、ヤコブ・シュタイナーたちのつくった名品。しかも、できるだけ近いものとし、あまりアレンジはしていないそうです。また、お嬢さんやお孫さんたちのために通常の分数系にはない、たとえば1/4と1/2の中間というようなものをたくさん作られています。これも氏の特徴といえるでしょう。製作方法はもっぱら外枠式、ニスはお手製のレシピによるアルコール系です。

◇ 米寿を機にコンサート
  昨年、米寿になられましたが、ご家族や知人たち、あるいは地元の弦楽器愛好者たちの応援を受け、9月の敬老の日、コンサートが開催されました。しかも、使われた楽器はすべて野田さんが作られたヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ。とりわけ、大学生のお孫さんが地元のヴァイオリニストたちとバッハのドッペル・コンチェルトを演奏されたのが印象的でした。自然豊かなこの地で奥様とともに、いつまでもお元気にご活躍されることをお祈りしております。(取材:角谷博文)

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