第7回 菊田 浩さん

私がバイオリン製作を始めたのは1996年、34歳の時でした。
その後、アマチュア製作家として弦楽器フェアに参加するなどの活動を経て、2001年、プロとしてバイオリン製作の道に進むことを決意してクレモナに渡りました。
私がクレモナに行った目的は、イタリアの製作スタイルを学びたいというものでしたが、製作学校の先生だったロレンツォ・マルキ氏からは、刃物の研ぎ方から始まり、正確な面を作って接着するなどの「基本的な技術の重要性」を集中的に教えられました。
こうして製作の基礎をやり直したことが、後にニコラ・ラザーリ氏に弟子入りして本格的なイタリアスタイルを学ぶ時に、とても役に立ったと思っています。

現在の師匠であるラザーリ氏からは、「美しい楽器とはどういうものか?」を集中的に学びましたが、それは今までの概念をすべて変えるくらい、衝撃的なものでした。例えば、エフ孔を切る時、それまでは、鉛筆で書いた下書きの線を頼りに削っていたのですが、黒い線が邪魔で本当のラインが見えてこないという理由で、ラザーリ氏は途中で下書きを消してしまうのです。
これは、すぐには真似のできないことでしたが、良い楽器の実物や写真を見本にしながら、イメージを明確にして製作に取り組むことで少しずつできるようになり、それ以降、私の楽器は徐々にクレモナでも評価されるようになりました。
その頃から製作コンクールにも参加するようになり、見た目の審査では高い評価を得られるようになりましたが、一方、音の審査では、なかなか高得点を得られませんでした。2005年に参加したチェコでのコンクールでは、日本時代からのライバルであった高橋明さんが優勝を飾り、私は4位となったのですが、順位を分けたのは音の審査の成績でした。それで奮起して、その後の一年間は音の改良に集中して取り組んだ結果、翌2006年のヴィエニアフスキー・コンクールでは優勝、そして最優秀音響賞を獲得することができました。
現在もコンクールに参加し続けていますが、それは、客観的に審査されることで自分に何が足りないかを知る、自己研鑽の場として重要だからですし、その意味では、日本バイオリン製作研究会の展示会も同じくらい大切です。

最近、展示会の試奏会では各楽器の音を相互に評価されていますが、とても良いことだと思いました。国際コンクールでも懸案になるのですが、音の評価というのは千差万別で絶対的なものにはなり得ませんので、試奏会の結果について一喜一憂することには意味がありませんが、第三者の率直な意見に耳を傾けることは上達への最大の近道ですし、また、他人に評価を受けることを意識しながら製作、音の調整をすることは、楽器の完成度を一段階上げるものだと思います。
今回、「春の展示会」の試奏会を聴かせていただいて、会員製作の楽器のレベルの高さを再確認させていただきましたが、今後も、製作研究会が日本の製作者の指標となるような存在であり続けるよう、さらに楽器の質に磨きをかけていただけることを期待しております。
私自身、現在はクレモナが活動の拠点ではありますが、製作研究会は私の原点であり、今の私があるのは、初心者の頃にお世話になりました諸先輩のおかげと感謝しております。
これからも、展示会などには積極的に参加させていただこうと思っておりますので、今後ともよろしくお願いいたします。

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